ハーマンミラーの歴史

D.J. DePree

1900年-1920年

1906年。ミシガン州ジーランドで、伝統的なスタイルの高品質ベッドルーム家具製造会社、スター・ファニチャー・カンパニーが創業。1909年。スター・ファニチャー・カンパニーがミシガン・スター・ファニチャー・カンパニーと改称。ダーク・ジャン(D.J.)デプリーが同社に入社。事務員として採用される。デプリーは18歳だった。1919年。D.J.デプリーがミシガン・スター・ファニチャー・カンパニーの社長に就任。

1920年-1929年

1923年。D.J.デプリーの勧めにより、義父のハーマン・ミラーが、ミシガン・スター・ファニチャー・カンパニーの過半数の株を購入。ミシガン・スター・ファニチャー・カンパニーをハーマンミラー・ファニチャー・カンパニーと改称。デプリーがハーマンミラー・ファニチャー・カンパニーの初代社長に就任。同社は引き続き、伝統的なスタイルの家庭用家具を製造。

1927年。D.J.デプリーがハーマンミラー・クロック・カンパニーを設立。同社は伝統的なデザインの時計を製造していたが、のちにギルバート・ローディのデザインも加える。機械工の一人が仕事中に亡くなり、デプリーは家族を弔問した際、未亡人から夫が生前書いた詩を聞かされる。デプリーはそれに深く感銘を受け、すべての従業員を特別の才能と可能性を持った個人として扱う決意を固めた。この機械工の話は、ハーマンミラーの伝説の一つとして語り継がれることになる。

1930年代-1945年

1930年。他の多くの企業同様、ハーマンミラーも大恐慌の中で倒産の危機に直面する。会社を救う手立てを探していたデプリーが、ハーマンミラーのミシガン州グランド・ラピッズのショールームで、ニューヨークの家具デザイナー、ギルバート・ローディに出会う。伝統様式の家具から脱却し、アメリカ人の変わりつつあるライフスタイルとニーズに合った製品に注力するように、ローディがデプリーを説得。1933年。ハーマンミラーはローディのデザインによる家具をシカゴの万国博覧会「Century of Progress Exposition」で発表。1937年。D.J.デプリーはハーマンミラー・クロック・カンパニーの経営を義理の弟ハワード・ミラーに移譲し、社名をハワード・ミラー・クロック・カンパニーに変更。1939年。ハーマンミラーがシカゴの Merchandise Mart ビルにショールームをオープン。1942年。ギルバート・ローディのデザインした Executive Office Group (EOG) を皮切りに、ハーマンミラーはオフィス家具のマーケットに進出。EOG のモジュラー様式と多用性は、システムファニチャーの先駆けとなる。ハーマンミラーのショールームがロサンゼルスにもオープン。チャールズ&レイ・イームズが、アメリカ海軍から成型合板による脚用の添え木開発を受注。1944年。ギルバート・ローディが死去。デプリーはデザイン部門の新しいリーダーとなる人材を探し始める。1945年。『ライフ』誌の記事でジョージ・ネルソンとそのデザイン「Storagewall」を見た D.J.デプリーは、ネルソンをハーマンミラーのデザインディレクターに迎える。

1946年-1949年

1946年。ネルソンのデザイン事務所が、ハーマンミラーの新しいコーポレートイメージとなる「m」のロゴをデザインする。ネルソンプラットフォームベンチ発表。イームズプライウッドチェア、プライウッドラウンジチェア、プライウッドフォールディングスクリーン、プライウッドコーヒーテーブル発表。ニューヨーク近代美術館が「New Furniture Designed by Charles Eames(チャールズ・イームズによる新しい家具展)」と題した小展覧会を開催。単独の家具デザイナーの展覧会は同美術館初。ネルソンとデプリーが、チャールズ&レイ・イームズ夫妻をハーマンミラーのデザイナーに採用。1947年。ハーマンミラーが、イームズ夫妻による、高い評価を得たプライウッド製品を独占販売する権利を獲得。ミシガン州グランドヘイブンの Evans Products Company から権利を取得。製造権は引き続き同社が保持。1948年。ハーマンミラー初のハードカバー版のカタログを出版、発売。ジョージ・ネルソンが執筆し、ネルソンの事務所がデザイン。このカタログはハーマンミラーの哲学、ビジネスとデザイン上の原則を明確に示した。家具のカタログが無料で配布されるのではなく、販売されたのは初めてと思われる。同カタログはコレクターズ・アイテムとなる。ハーマンミラーが、イサム・ノグチのデザインによるガラスの天板を使ったコーヒーテーブルを発表。1949年。プライウッド成型製品の製造場所がミシガン州グランドヘイブンの Evans Products から、ジーランドのハーマンミラーの製造拠点に移転。また、カリフォルニア州ヴェニスに、のちに イームズ・スタジオとなる新たな製造拠点がオープン。

1950年-1954年

1950年。ハーマンミラーがミシガン州の企業としては初めて、経営参加と利益配分のモデルであるスキャンロン・プランを採用。これ以降、ハーマンミラーとカール・フロスト博士の長期にわたる協力関係が始まる。ハーマンミラーの参加型経営に対するフロスト博士の指導は多年にわたる。チャールズ&レイ・イームズのデザインによる、世界初のファイバーグラス製チェアをハーマンミラーが発表。イームズストレージユニットとワイヤーベーステーブル発表。1951年。ハーマンミラーと、著名なカラリストでありテキスタイルデザイナーであるアレキサンダー・ジラードの多年にわたる協力関係が始まる。イームズエリプティカルテーブル発表。1952年。ジラードがハーマンミラーに新設されたテキスタイル部門のトップに就任。ネルソンバブルランプ発表。1953年。ジラードウォールペーパーと イームズハングイットオール発表。1954年。ネルソンペデスタルテーブルと イームズソファコンパクト発表。

1955年-1959年

1955年。イームズストレージユニット販売終了。1998年に販売再開。イームズプライウッドフォールディングスクリーン販売終了。1994年に販売再開。ネルソンココナッツラウンジチェアと イームズスタッキング/連結チェア発表。1956年。イームズラウンジチェア&オットマンがテレビ番組『The Today Show』で全米に紹介される。このチェアは、ハーマンミラーの品質と革新性を象徴する、きわめて顕著な存在となる。ネルソンマシュマロソファ発表。1957年。イームズプライウッドチェア、プライウッドラウンジチェア、プライウッドコーヒーテーブル販売終了。これらは1994年に販売再開。ハーマンミラーがヨーロッパ市場で製品販売を開始。1958年。ロバート・プロプスト、ハーマンミラーのリサーチャーに就任。ハーマンミラー、ジーランドの本社社屋建設を開始。ジョージ・ネルソンが主席建築士に就任。カリフォルニア州ヴェニスに新プラント、サンフランシスコにショールームがオープン。イームズアルミナムグループチェア発表。1959年。垂直の空間を活用し、リビングスペースを開放する ネルソンコンプリヘンシブストレージシステム発表。

1960年-1965年

1960年。Herman Miller Furniture Company が株式会社となり、Herman Miller, Inc. に社名を変更。のちに Herman Miller Research Corporation となる Herman Miller Research Division がミシガン州アナーバーに完全子会社として創業。発明家であり教師でもあるロバート・プロプストが社長に就任。イームズウォールナットスツール発表。1961年。ハーマンミラーのテキスタイルとアクセサリーの販売店、Textiles and Objects Shop(T & O)がニューヨークシティにオープン。同店は1967年に閉店。イームズハングイットオール販売終了。1994年に販売再開。1962年。D.J.デプリーの息子、ヒュー・デプリーが Herman Miller, Inc. の社長兼 CEO に就任。D.J. デプリーは会長に就任。イームズタンデムスリングシーティング発表。シカゴ・オヘア国際空港で採用。1964年。ロバート・プロプストとジョージ・ネルソンが協同で、最初の アクションオフィス1 のプロトタイプ作りに着手。独立ユニットをグループ化したシステムで、のちのアクションオフィスシステムの原型。イームズエリプティカルテーブル販売終了。1994年に販売再開。ネルソンスリングソファー発表。イームズダイニングテーブル発表。1965年。ネルソンマシュマロソファ販売終了。1999年に販売を再開。

1966年-1970年

1966年。150近くの販売代理店との契約により、ハーマンミラーは中央・南アメリカ、オーストラリア、カナダ、ヨーロッパ、アフリカ、中近東、スカンジナビア、日本へと販売先を拡大。1967年。ネルソンプラットフォームベンチ販売終了。1994年に販売再開。ハーマンミラーはスイスで、総プラスチック製の Panton チェアを発表。このチェアは1975年まで販売。1968年。ハーマンミラーがアクションオフィスシステムを発表。パネルとそれに付属したコンポ―ネントからなる、世界初のオープンプランのモジュラーシステム。ロバート・プロプストによるデザインの アクションオフィス(のちに「AO」と呼ばれる)は、オフィスデザインに革命をもたらし、新しい業界につながる。ロバート・プロプストの著作『The Office:A Facility Based on Change』出版。イームズチェイス発表。1969年。D.J.デプリーが会長職から引退。ヒュー・デプリーが新会長に就任。Herman Miller, United Kingdom が創業。イギリスとスカンジナビア全域の販売とマーケティングを担う。イームズソフトパッドチェア発表。1970年。Herman Miller, Inc. が株式を公開。株券のデザインは イームズ・オフィスが担当。ハーマンミラーの新しい社屋を英国のバースに開設。

1971年-1979年

aeron_kinematic21971年。ハーマンミラーはヘルス/サイエンスの市場に進出。ロバート・プロプストが1960年代に提唱したコンセプトを基にした Co/Struc システムを発表。1973年。イームズソフトパッドラウンジチェア、イームズエグゼクティブテーブル、イームズセグメンテッドレクタンギュラーテーブルを発表。ノグチコーヒーテーブル販売終了。1984年に販売を再開。1974年。業界初の特急発送プログラム「Rapid Response」導入。ドン・チャドウィックのデザインになる チャドウィックモジュラーシーティング発表。1975年。大規模な展覧会「Nelson, Eames, Girard, Propst:The Design Process at Herman Miller(ネルソン、イームズ、ジラード、プロプスト:ハーマンミラーのデザインプロセス)」をミネアポリスのウォーカー・アート・センターで開催。1976年。のちに Integrated Metal Technology となるStar Industries がハーマンミラーの子会社となる。メインサイトにビルディング C を増築。ハーマンミラーが アーゴンチェアを発表、人間工学に基づくシーティングの新時代をもたらす。ラルフ・カプランによる書籍『The Design of Herman Miller(ハーマンミラーのデザイン)』が Whitney Library of Design より出版。1979年ハーマンミラーがミシガン州アナーバーに Facility Management Institute を開設。ファシリティ・マネジメントという専門職の確立を支援。

1980年-1985年

1980年。ミシガン州ホーランドに新しいシーティングの工場を竣工。製造工場であったビルディング B をオフィススペースとして改築。マックス・デプリーが会長兼 CEO に就任。1981年。バーディックグループ発表。V-Wall movable walls 発表。廃材の焼却により電力と蒸気を発生させ、製造拠点であるメインサイトの100万平方フィート(93,000㎡)もの施設に供給する、ハーマンミラーのエネルギーセンターが稼働開始。1982年。Tradex, Inc. がハーマンミラーの子会社となり、手頃なワークステーション、ストレージ、シーティングを提供。同社はのちに Phoenix Designs となり、さらに Miller SQA と改称。可動式モジュラーウォールの製造会社 Vaughan Walls, Inc. がハーマンミラーの子会社になる。1983年。持株制度導入により、ハーマンミラーの全従業員が株主となる。1984年ハーマンミラーの拠点が英国とフランスにオープン。エクアチェア、イソスペースシステム、イームズソファー発表。1985年。完全子会社の Milcare 創業。1971年に開設されたハーマンミラーのヘルス/サイエンス部門から派生。同社は1999年に Herman Miller for Healthcare と社名を変更。Worldesign Congress(ワールデザイン・コングレス)がチャールズ・イームズを「今世紀最も影響力のあったデザイナー」に、アクションオフィスを1960年以降の「最も重要なデザイン」に選定。韓国、マレーシア、オーストラリアに販売代理店開設。Herman Miller Research Corporation が『The Negotiable Environment』を出版。

1986年-1990年

1986年。ジョージ・ネルソン死去。特別仕様の製品を提供するため、Custom Choices Division を創設。ミシガン州ホーランドに Design Yard の建設開始。Scooter スタンド発表。1987年。アクションオフィスが機能を強化して アクションオフィスEncore に(のちに アクションオフィス2と改称)。ハーマンミラーの CEO にディック・ラックが就任。デプリー家以外の最初の CEO。ニューハウスグループファニチャー発表。1988年。レイ・イームズ死去。マックス・デプリーの著作『Leadership is an Art』出版。アーゴン2 チェアとイソスペースサポートキャビネット発表。1989年エクアチェアが『Time』誌の「デザイン・オブ・ザ・ディケード」アワードを獲得。ハーマンミラーの社員が企業全体の環境プログラムを組織し、可能な限り多くの社員の参加を募る環境品質アクションチーム(EQAT)を結成。1990年。Meridian がハーマンミラーの子会社になる。ハーマンミラーはオフィス家具の製造業者としては唯一、熱帯雨林基金の創設メンバーとなる。このほかの創設メンバー企業は、Caterpillar、the Audubon Society、Bank of America など。D.J.デプリー死去。

1991年-1993年

1991年。アクションオフィス3発表。ハーマンミラーがマイノリティの人びとや女性が所有する企業の機会向上のための Supplier Diversity Program(サプライヤー多様化プログラム)を立ち上げる。1992年。J. カーミット・キャンベルがハーマンミラーの5代目 CEO 兼社長に就任。いずれのポジションも社外からの就任は初。Herman Miller UK が ISO 9002認証を取得。1993年。ハーマンミラーが米国グリーンビルディング協会の創設メンバーとなる。オフィス家具製造企業では唯一の創設メンバー企業。アレキサンダー・ジラード死去。枯渇の恐れがあるローズウッドの代わりに、ハーマンミラーでは イームズラウンジチェア&オットマンの素材に、よりサステナブルなチェリー材とウォルナット材の使用を開始。ハーマンミラーと Meridian が ISO 9001認証を取得。ハーマンミラーの最初の Environmental Conference(環境会議)開催。

1994年-1996年

1994年。Herman Miller for the Home の立ち上げにより、ハーマンミラーは再び家庭用家具の市場に参入。新デザインに加え、1940年代、50年代、60年代のモダンクラシックのファニチャーを再発表。Herman Miller GreenHouse(ハーマンミラー・グリーンハウス)が米国グリーンビルディング協会(USGBC)のパイオニア・アワードを受賞。Herman Miller GreenHouse で使われた基準が、USGBC の LEED (エネルギーと環境に配慮したデザインにおけるリーダーシップ) 認証プロトコルの基盤となる。ハーマンミラーがメキシコの Righetti を買収、完全子会社化。ハーマンミラーがミシガン州ホーランドで新しい Phoenix Designs ビルディング建設に着工。このビルは、のちに Miller SQA となり、1999年には Herman Miller GreenHouse となる。ハーマンミラーが『Fortune』誌の米国でもっとも環境に配慮している10企業の1つに選定される。ハーマンミラーが アーロンチェアを発表。同チェアをニューヨーク近代美術館が「20世紀のデザイン」コレクションに収蔵。ハーマンミラーが地球環境への取り組みへのコミットメントにより、National Wildlife Federation(全米野生生物連盟)の1993年度環境アチーブメント・アワードを受賞。1995年。ハーマンミラーのウェブサイト、www.hermanmiller.com 開設。マックス・デプリーが取締役会より退任。J.カーミット・キャンベルが CEO を辞任。マイク・ヴォルケマが CEO に就任。アーゴン3、エクア2、アンビチェア発表。1996年。新しい Miller SQA(「シンプル、クイック、アフォーダブル」)の製造工場とオフィスを擁するビルディングが運営を開始。アリオフリースタンディングシステムファニチャー発表。

1997年-1999年

1997年。ジョージア州アトランタに拠点を置く高品質の木製家具および椅子の製造企業 Geiger Brickel とハーマンミラーが戦略的な販売提携を結ぶ。『Fortune』誌がハーマンミラーを米国の家具関連企業の中で「最も賞讃される企業」に選定。10年間で9回目の選出。1998年。Herman Miller for the Home が マイネケラグを発表、また イームズストレージユニットや、アレキサンダー・ジラードのデザインになるテキスタイルを使用したクッション、スクリム、テーブルランナーを追加し、モダンクラシックの製品群をさらに拡充。ハーマンミラーが Passage ファニチャー、アーロンサイドチェア、アンビサイドチェア、Accents Collection 人間工学サポート製品群、CLT テーブルを発表。Herman Miller International が ヴァーブフリースタンディングデスクシステムをヨーロッパで発売。Miller SQA が リアクションワークチェアと アサイドサイドチェアを発表。子会社であった Meridian、Milcare、Miller SQA、Coro、Performis が Herman Miller, Inc. に統合。Milcare は Herman Miller for Healthcare となる。1999年。ハーマンミラーから キヴァコレクション、ケイパーチェア、Meridian 140シリーズ、160シリーズぺデスタルを発表。またネオコンで リゾルブシステムを展示。Herman Miller for the Home が ゲッツソファを発表、ネルソンマシュマロソファを再発売。アーロンチェアが『Business Week』誌と アメリカ・インダストリアルデザイナー協会(IDSA)より「デザイン・オブ・ザ・ディケード」賞を受賞。ハーマンミラーが Geiger Brickel を買収。

2000年-2003年

2000年。スモールビジネス全般、特に成長著しいインターネット・ビジネスのオフィス家具のニーズに特化したオンライン企業、Herman Miller RED 創業。グローバル規模での経済状況の変化により、同社は2001年に閉鎖。イームズプライウッドチェアが『Time』誌の「デザイン・オブ・ザ・センチュリー』に選出。2001年。ハーマンミラーのリゾルブシステムがニューヨーク近代美術館の永久収蔵品に、またブルックリン美術館のコレクションにも追加される。 ポスチャーフィットを発表。人間工学に基づいたシーティングデザインの大きなブレイクスルーとなった技術で、健康に良い姿勢で体を支え、腰部の快適性を大きく改善。ポスチャーフィットテクノロジーは、ハーマンミラーの アーロンチェアでもオプションとして提供。全てのミラチェアには、パッシブポスチャーフィットを採用。2003年。ミラチェア発表。高機能で環境により配慮したワークチェアで、開発の初期段階から「cradle-to-cradle(ゆりかごからゆりかごへ)」の原理に基いて作られた、最初のオフィス家具。Herman Miller MarketPlace がゴールド LEED 認定を取得。当時、ゴールド認証を得ていたビルディングは全米でわずか12棟。

2004年-2005年

2004年。ハーマンミラーのほとんどの製品が、グリーンガード室内空気品質認証を取得。『Fortune』誌による年次調査で、ハーマンミラーが家具業界における「最も賞讃される企業」に選出。18年間で16回目の選出。また、同誌は、ハーマンミラーを全業種を通して「最も革新的」な企業に選定。調査対象となった600社近くの企業中、第4位。ハーマンミラーが『ビジネス・エシックス』 誌の選ぶ「最良のコーポレートシチズン100社」に5年連続でランクイン。2000年の開始以来、毎年連続でランクインしているのはハーマンミラーを含むわずか29社のみ。ブライアン・ウォーカーが社長兼 CEO に就任。2005年。ハーマンミラーより、ジェローム・カルーソのデザインになる セラチェア発表。しなやかな成型ポリマーの「セル」とそれらをつなぐループからなるセルラーサスペンションが、体の動きを常にサポート。セラは「グリーン」エネルギーにより製造され、リサイクル材を33%使用し、素材の99%がリサイクル可能で、簡単なツールだけでわずか5分で解体可能。Herman Miller Creative Office がハーマンミラー子会社 Sonare Technologies を設立し、Babble を発表。Babble は極秘の会話のための音声管理ソリューションであり、賞も受賞。

2006年


2006年。ハーマンミラー から リーフライト発表。高いエネルギー効率の良い LED (発光ダイオード) 卓上ランプ。特許技術により、光量や光の色温度(暖かみのあるトーンからクールなトーンまで)を調節可能。エネルギー消費量は13ワットのコンパクト蛍光灯よりもさらに40%削減。ハーマンミラーが英国のチッペナムにヨーロッパ地区事業本部 VillageGreen を竣工。そのデザインにより、イギリス Building Research Establishment Environmental Assessment Method(BREEAM)の優良(Excellent)評価を取得。ハーマンミラーから革新的なオープンプランのワークスペースデザイン、My Studio Environments 発表。ダグ・ボールがデザイン。マクダナー・ブランガート・デザイン・ケミストリー(MBDC)の「Cradle to Cradle(ゆりかごからゆりかごへ)」プロトコルと、ハーマンミラーの「環境に配慮したデザイン(DfE)」の基準に沿ってデザインされた、最初のオープンプランオフィスシステム。ハーマンミラー子会社 Convia が創業し、代表的製品である Convia Programmable Infrastructure を発表。リーフライトを、ニューヨーク近代美術館とクーパー・ヒューイット国立デザイン博物館が永久収蔵品に選定。

2007年-2008年


2007年。ハーマンミラーが、中国とアジア圏で急激に拡大中の顧客層のニーズに応えるため、中国に工場2箇所と中国事業本部を設置。製造の拠点には寧波市、事業本部には中国最大の産業都市である上海を選択。2008年。ハーマンミラーがシアトルを拠点とするヘルスケアファニチャー製造企業、Brandrud Furniture, Inc.を買収。ハーマンミラーはジェフ・ウェバーと故ビル・スタンフのデザインになるエンボディチェアを発表。コンピューターの前に座って何時間も仕事をする人のために設計されたエンボディチェアは、身体の自由な動きをサポートし脳の活性化を促す初めてのワークチェアです。Herman Miller International より、ダニエル・コーブのデザインによる センスデスクシステム発表。センスは、自立モジュール式の工具なしで組み立て可能なユニークなシステム。各コンポーネントが互いに噛み合って固定するようになっているため、素早く簡単に組み立て解体が可能。

2009年


2009年。ハーマンミラーより、Studio 7.5 のデザインによる セトゥーチェア発表。セトゥーチェアを作るすべての要素を徹底して検討し、スタジオ7.5 のデザイナー達はより少ない素材でより優れたパフォーマンスを得ることに成功。ハーマンミラーが、ハーマンミラーのパフォーマンスシステムの提供を販売代理店に対して開始。これにより、顧客は設置時間を40%短縮。Wiremold 製品を販売する Legrand North America との提携で、Wiremold の天井および床面の電源ユニットに Convia 製品を組み込む。これが Convia 商品化のターニングポイントとなる。ハーマンミラーが、ウィスコンシン州シボイガンに拠点を置く、高品質で先端技術を有するヘルスケアファニチャー製造業者、Nemschoff, Inc.を買収。